第37話「紫煙」  百物語2012本編

語り:わたくし ◆Zdj8zv6ZT
124 :代理投稿 ◆ztxSLaq9Ok :2012/08/18(土) 23:50:53.68 ID:YriqamUu0
わたくし ◆Zdj8zv6ZT  『紫煙』

(1/2)

さて、わたくしは喫煙者でありまして、最近は肩身の狭い思いをしております。

 とは云え、わたくしが吸い始めた頃より風当たりは厳しくありましたので、
 これは甘んじて受け入れ、ただ自分のみルールを守れば良いと確信しております。

 しかしどうも、煙草の、この煙というものは嫌なものですね。
 例えば出張前に新幹線を待っている時、喫煙所で一服して待機しているのですが、

(ああ、けむい。けむい。けむい)

 と、自分から飛び込んだ箱の中で苦しんでいるわたくしでして……。

 さて……。
 紫煙というもの、嫌がるのは人間様だけかと思っていたのですが、

「ハブが来る。煙草は点けたままで」

 どうやら違うようだと気付いたわたくしでありました。
 先のお話は去年、そう、東北大震災の御盆に体験したことで、

「それならば」

 今年になって試したことがあるのでございます。
 わたくしが現在住んでいる家、これは何の変哲もないマンションであります。
 曰く因縁、他殺自殺諸々と関係ございません。実に平和な我家でありまして、

「それでも友人が来ると……」

125 :代理投稿 ◆ztxSLaq9Ok :2012/08/18(土) 23:51:24.60 ID:YriqamUu0
(2/2)

様子が変わるのでございました。
 例えば、

「髪洗ってる時に悪戯するなよ」
「トイレ入ってる時に電気消しただろ」
「煙草買ってくるとか言って、外から窓ぶっ叩いて行くな!」
「布団入ってから携帯はやめてくれないか」

 など、分かりやすい例を挙げるとこのようなことでございます。
 しかもこれが何度も続きますので、さすがに相手も妙だと気付くのでしょう。

「お前の家、何なの?」

 わたくしの家は幽霊屋敷ではあるまいか、と同僚に噂が拡がっておりました。
 しかしそこは営業一課の人間達、その程度で人間関係が崩れる事はありませんでしたが、

「いや、お前の家にはもう行かねえよ。今度から俺の家で宴会だ」

 と、上司に宣言された時は心細さに駆られ……。
 その日の宴会では通常の五倍速で呑んだためか、非常に、その……ねぇ。

 さて……。
 わたくしがこの事実を払拭しようとしたのは梅雨時でありました。
 同期一人を連れ、屋内で煙草を吸って過ごしただけなのですが、

「家ん中、解禁したんだ。いつもは庭なのに」

126 :代理投稿 ◆ztxSLaq9Ok :2012/08/18(土) 23:51:59.37 ID:YriqamUu0
(3/3)

 この事です。わたくしは、たとえ上司と云えども屋内での喫煙を許しませんでした。
 「吸うならば庭に出ろ、出なくば吸うな」と口酸っぱく、嫌な小僧であります。

「うん。もう拘らない事にしたんだわ」
「へえ……まあ、どういう心変わりか知らないけど」

 黙々と煙草を吸い、適当にDVDを見て、真昼間からビール缶を空け……。
 時間もそろそろ15時を数える頃……だったでありましょうか、

「あれ、お前、猫飼ってたか?」

 同期の一言であります。

「は?」
「いや、だって、ほら、猫、猫」

 彼が煙草を持った手で玄関の方を指差しますと、

「……猫だ」

127 :代理投稿 ◆ztxSLaq9Ok :2012/08/18(土) 23:52:31.97 ID:YriqamUu0

 猫がおりました。
 一匹の、薄暗い廊下の中、三毛猫らしく茶目っ気があり、
 彼らの目は光ると申しますが、成程、確かに半眼が光っていて、

「どっから入ってきたんだ」
「え、お前の飼い猫じゃないの?」
「違うよ。うちの会社で働きながら生き物飼ったら、ひと月で死ぬだろ」

 など会話を交わして、ふと視線を上げると、

「居ねえ」

 先程まで居たはずの猫は居なくなっておりました。
 同期と二人で家中を隈なく探しましたが、当然、見つかることはなく……。

 この日を境にして我家の「友人が来たときだけ心霊現象」は鳴りを潜めたのでした。
 猫は人に付かず、家に付くと云いますが……少々、悩ましいことではあります。

 亡者に生者の領域を束縛されるということは断固お断り致します。
 ですが、どうも……相手が犬猫であると考えると……どうも……その……。

【了】