第68話「泣岩」  百物語2012本編

語り:りほ ◆aZ4fR7hJwM
229 :りほ ◆aZ4fR7hJwM :2012/08/19(日) 03:17:33.18 ID:anZJD0SA0
「泣岩」1/4
学生の頃、長期休暇の間、良く長野の祖父母宅へ行っては朝から日暮れ
まで山深くにある沢で岩魚釣りを楽しんでいた。
一応山中の渓流ということで、それなりの装備をするわけであるが、
向かうのは周りを崖で囲まれ、苔むした岩や倒木がゴロゴロ転がった
小さな沢。
沢を登るというよりかは、草や木の根づたいに崖や岩の上を歩くこと
がほとんどの為、ウェーダーよりもスパイク長靴を愛用していた。

230 :りほ ◆aZ4fR7hJwM :2012/08/19(日) 03:20:30.66 ID:anZJD0SA0
「泣岩」2/4
その日も釣りを楽しんでいたのだが、気づいたらすでに日の入りを
迎える時刻になっていた。
この時間になると岩魚達が水面に飛び交う羽虫を食べる為、
川が賑やかになり、それを背に帰るのはなんとも残念な気持ちではある
のだが、山の日暮れは早い。
空が夕焼に染まったかと思うと、あっという間に暗くなってしまう為、
名残惜しくも急いで帰り仕度を整える。
釣りをしながら何時間もかけて登った道程だが、帰る時はあっという間だ。
夕闇の中、苔むした岩、倒木の上を飛び移るようにして下ってく。
ゴム長ではツルツル滑ってまともに歩けない場所でもスパイクで
あれば走るように下る事ができる。

231 :りほ ◆aZ4fR7hJwM :2012/08/19(日) 03:22:45.16 ID:anZJD0SA0
「泣岩」3/4
「ガリッ、ガリッ」と、岩肌にスパイクの爪跡を刻みながら勢いよく
下っていた時である。
ある大岩に飛び移り、苔にスパイクが食い込んだ瞬間、
「ギィィィッ!」と、一際大きな音がしたと同時に足下がふらつき、
思いっきり岩から転げ落ちた。
痛みに悶えつつも、いったいどの岩で滑ったのかと、岩肌に刻まれた
白いスパイクの跡をたどるが、一箇所だけ2m程傷の間隔が飛んでる所
があるだけで、肝心の大岩が見当たらない。
ある程度痛みが和らいだところで、ふと疑問に思う。
なぜあの岩の時だけあんな音がしたのか?
そもそもスパイクと岩が擦れるだけであんな音がでるものなのか?
まるで悲鳴のようなあんな音が…。


232 :りほ ◆aZ4fR7hJwM :2012/08/19(日) 03:26:01.80 ID:anZJD0SA0
「泣岩」4/4
そこまで考えたところで、周りがほとんど暗くなっていることに気づき、
痛む体を引きずりながらやっとの思いで車に到着し、帰路についた。
その後の日々は特に気にすることはなく、幾度も釣りに行った。
が、釣行時に岩に飛び移る時にはなるべく岩を傷つけないようにはしていた。
ただ、思い返せば、あの時は転げ落ちただけですんだものの、
もしスパイクで岩を引っかかずに上に乗っていたらどうなっていたか…。
良かったのか悪かったのか、今となっては悩みどころである。「完」