第81話「三つ編みの彼女」  百物語2012本編

語り:せっけん ◆5oOLgQPf6Xtt
279 :せっけん◇8012blabcmart:2012/08/19(日) 04:54:38.33 ID:QELjrV2F0
『三つ編みの彼女』。
(1/3)
私ではなく母の体験談です

今から25年ほど前の話になります。
来春に結婚を控えたカップルであった母と彼は、冬山にスキーにいきました。
昔で言う婚前旅行で、厳しい家(彼女が不審者に付け狙われやすかったのも原因だったのですが)育った母にとって初めての彼氏との外泊でした。
長く伸ばしていた髪もばっさりと切り、スキーウェアも新調して出かけていったそうです。
そんな風でしたから少々浮かれていたのでしょう、暗くなる頃にはにすっかり疲れて、スキーをやめてコテージに帰ることにしました。
しかし、まだまだすべり足りなかったらしい父(典型的な体育会系)は母を送り届けるとすぐにスキー場に戻ってしまったのです
一人で置いていかれた母は特に不満にも思わず、眠気にまけて早々にベッドに入ることにしました。
年頃の娘としては少しどうかと思う反応ですが、ストーカーにつけまわされたり、ベランダから侵入されかけたことのある彼女にとって、
暗いコテージに一人きりというオカルト的な『怖い状況』は平気だったのです。

それからどれくらいたったのか、枕の側に誰かが座る気配で母の目が覚めました。
父が帰ってきたのかと思いましたが、疲れていた母は寝たふりをしたそうです。
しかし、しばらくしても無言で座っているので少し不審に思い、声をかけようとします。
その途端、側から気配が消え、立ち上がって離れていくのを感じました。声をかけるタイミングを失った母は、居心地悪く感じ、きちんと起きることにしました。
心ゆくまでスポーツをしてきてハイになった彼が、『疲れた』や『すっきりした』と独り言も述べずにだんまりというのは珍しいことです。
たぶん母は、気分屋の彼がなにか機嫌を損ねたとしたら面倒だと思ったのでしょう。
沈黙をやぶるべく上半身をおこした彼女は、途端に正面にある化粧台に座っていた居た人物とばちりと目をあわせることになります。
ことに、母が一目みて最初に認識したのはその人の長い三つ編みでした。当然、父ではありません

280 :せっけん◇8012blabcmart:2012/08/19(日) 04:59:20.82 ID:QELjrV2F0
ところで、母はこの時まで相手を父だと思っていたようですが、話をきいた私からすると妙な点があります。
スキーブーツを履いたまま玄関をくぐり、廊下を歩く音はなかなかやかましい音です。
別段気をつかう間柄でもない人間が、それを聞こえないようにするでしょうか。
よしんばそれが聞こえなくても、部屋に入れば着替えねばならず、ビニール地のスキーウェアという重装備を片付ける音は、寝ている人間に聞こえないものでしょうか?
熟睡していた?
それなら枕元に人が来たくらいで起きるものでしょうか?
あるいは、雪まみれの人間がシャワーも浴びずに枕元に座ったりするでしょうか?
悪気無く彼女をほっぽりだして一人スキーをしにいく彼が、寝ている彼女を気遣って『ただいま』を言わないのはおかしくないでしょうか?
なにより、家宅侵入されそうになったこともあるほど変質者の被害にあっている彼女が、寂しいコテージでにおいて
そんな不審な行動をとる『誰か』に違和感を抱くことなく、疑いを持たず、警戒心が微塵も作用しないということがあるでしょうか?



母には問いませんでしたが、私はこの原因が、この『訪問者』の存在の異質さが関係していると思うのです


283 :せっけん◇8012blabcmart:2012/08/19(日) 05:16:37.36 ID:QELjrV2F0
『三つ編みの訪問者』
(3/3)
そこに居たのは、母でした。
自分と全く同じ顔をした人間が、こちらを見つめていたのです。
最初は鏡かと思ったそうです。なにせ座っていたのが鏡台ですから、そうとしか考えられなかったようで。
しかし、そこに座る女は明らかに鏡に映った像ではありませんでした。何故なら当時、母の髪は短かったからです。
旅行前に切ってきたのですから、三つ編みなど編める筈がないのです。
よくよく見れば、着ている服も以前母が買ったものでした。
上下ともにもう処分した品でしたが、確かに一時期好んでいた組み合わせだったのです。明るい紫のセーターに、ゆったりとしたロングスカートという、
季節感といいラフな雰囲気といい今回の旅行に着ていたとしてもおかしくない服装でした。
それがかえって身近すぎて、非日常感とちぐはぐさを生み出しているほどに。

服装や髪型幽とあいまって、それは怪奇や心霊というにはあまりに人間そのもので、
むしろ顔が自分と同じでなかったらオカルトと結びつけることすらなかったのではないかというくらいでした。
その表情はひたすらに無表情で、かといって冷たいということもない、奇妙なものでした。

目の前の、同じ顔をしている筈の自分に対して、特に思うこともないような目を向ける彼女はただただ不思議な存在で
母はしばらく恐怖も沸いてこなかったそうです。
母はひたすら呆然とし、彼女も目をそらすこともせず、二人はしばらく黙って見つめ合いました。
母がふと声をかけようかと考えた時に、ふいにこの現象が恐ろしくなり、布団にもぐりこみました。
そのまま長いこと恐怖に耐えていると、外から足音が聞こえました。
一瞬びくりとしましたが、ただいまという父の声が聞こえ、ようやく安心しました。
あとから父に聞いてみると、部屋の中は勿論、コテージに来るまでの道(当然一本道です)でも誰かを見かけることはなく
結局その正体は謎のままだったそうです。


284 :せっけん◇8012blabcmart:2012/08/19(日) 05:18:46.72 ID:QELjrV2F0
申し訳ないことに、それから何かが起こったとか、コテージがいわく付きだったという話はありません。
オカルトに良くも悪くも関心がない母が淡々と語ってくれたエピソードです。


私が浅学なだけかもしれませんが、どうもこれと同じだ!!としっくりくるお話を知りません。
いったい彼女は誰、あるいは何だったのでしょうか?

子供とよべなくなったわたしたち兄妹が、今でも母にせがむ唯一の〝おはなし〟です


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