第9話「まぬがれる人」  百物語2012本編

語り:三年目の朝顔 ◆6.QkgMwzsU
31 :三年目の朝顔 ◆6.QkgMwzsU :2012/08/18(土) 21:51:35.97 ID:Pz8hVc6P0
「まぬがれる人」1/3

去年、長年連絡が取れなかった伯母の連絡先がわかり、話をしているうちに、
どんどん話が進み、伯母の住む田舎へ遊びに行く事が決まってしまった。
伯母の住む田舎までは電車で約4時間。私は午前中に家を出て、お昼に着く
様に計画をたてていた。
ところが、当日うっかり寝坊をしてしまった。今から出ても着くのは夕方に
なってしまう…。
私は計画が大幅に狂ってしまい、なんとなく面倒くさくなってしまったので、
伯母に、行くのは明日でもいいかと連絡をしてみた。
幸い、新幹線は自由席だし、長期の休みも取ったし、伯母も普段から家に
いる人なので大丈夫だろう…。と、のん気に考えていた。

ところが電話口の伯母は、ものすごく残念がって「今日、来られねーの?
すぐに来られねーんかね?…昨日の晩から美味しい煮物、いっぺー作ったん
よ?…遅くなってもいいっけ、今日来なさい。ずーっと待ってるから、今日
来なさいて。」と…。
私は伯母の落胆した声や心配を掛けている事に、とても申し訳なく、我が儘
を言ってる場合じゃないなと思い、大急ぎでその日行く事にした。


32 :三年目の朝顔 ◆6.QkgMwzsU :2012/08/18(土) 21:52:46.03 ID:Pz8hVc6P0
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伯母の田舎にはわりと早く着く事が出来た。伯母との再会はそれまでの時を
感じさせないくらい楽しかった。伯母が作ってくれた美味しい煮物もてんこ
盛りで食べて、お風呂にも入り、TVを見てくつろいでいた。
そして次のニュースのテロップを見て私はギョッとした。
画面から目を離せなくなり、しばらく声も出せなかった。…そこには、

「 上 越 新 幹 線 人 身 事 故 で 不 通 」

……その新幹線は、今日私が乗ってきた新幹線だった。私は大声で
「おばちゃーん!おばちゃんの言うとおり、今日来て正解だったよー!」
そう言いながら、ここに来るまでの事を思い出していた。

私は伯母が待ってるからと、いつもより急いで電車を乗り継いで、多少お金
も掛かる特急にも乗ったのだった。もし、いつもの様にのんびり来ていたら
この新幹線に乗っていたかもしれない。そして今日、ここには来れなかった
かもしれなかった。

33 :三年目の朝顔 ◆6.QkgMwzsU :2012/08/18(土) 21:53:37.69 ID:Pz8hVc6P0
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次の日は伯母と、3月11日の東日本大震災の話もした。私がいるところでも
かなり揺れてガスが止まって大変だった。すると、伯母が話し出した。

「私さ、あの日さ、東京に行く用事があったんて。そしたら10日に、会社で
お世話になった人が突然倒れた。って電話があったんて。私、見舞いに
行きとうてねー。でもさ、11日の事があるろー、迷ったんけどさ、延期が
出来るか聞いてみたんて。そしたら東京に行かなくていいって言われたっけ、
11日はお見舞いに行ったこて。そしたら、あんげ大きな地震があったろー?
もうたまげたさー、もし東京に行ってたら、死んでたかもわかんね。
今こうしてAちゃんと話も出来てなかったかもしんね。ほーんとにさー、
びーっくりしたこてさー」

私は伯母の話を聞いて、昨日の新幹線の事といい、伯母は何かに守られて
いるんだなぁと、つくづく思い、すごいなぁと思った。

でも伯母は決して幸せな人生を歩んできたとは言えない。どちらかと言えば
不幸で辛い経験をたくさんしている。でも、だからこそ虫の知らせで
人生の危機をまぬがれているんだろうな、と。

伯母からは今も時々電話が来るが、元気な声と一緒に強運も少しおすそ分け
してもらっている私です。

~完~